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戦国の武将・上杉景勝の重臣、直江兼続(かねつぐ)(1560~1619)が会津の武将にあてた密書が見つかり、12日、東京都内で報道陣に公開された。 関ケ原の戦いの直前に徳川家康に送り兼続の名を高めた「直江状」は後世の写しがあるだけで、今回のような「書状の原本は非常に珍しい」(増田孝愛知文教大 教授=書跡史学)という。敵の目を欺こうと書状を裁断、こより状にして届けたことでも注目される。
書状は1584(天正12)年4月13日付。本能寺の変の2年後で、兼続は執政として、越後(新潟県)の春日山城を拠点に上杉家の勢力拡大を指揮していた。
書状の中で兼続は、上杉家の元家臣で謀反を起こした屋代秀正が城を出て行方不明との情報を会津・葦名家家臣に知らせたうえで、「治安を一層厳重にされた い」と求めた。屋代はのちに徳川家康の臣下となっている。書状はまた、主君の景勝が新発田(しばた)重家を討伐のため近く出陣することを明かし、「よろし く加勢を頼みたい」と要請している。
密書は装丁され掛け軸の形で保存されてきたが、もともとは1行ごとに切断され、こより状にして送ったと考えられる。増田教授は「武将の密書は多いが、このように切り刻んだものを見たのは初めて」と話す。
直江兼続書状は13、14日に千代田区の東京古書会館で開く「古典籍展観大入札会」で一般公開され、15、16日のいずれかで入札が行われる。【佐々本浩材】